技術面接で、答えられない質問が来る。数秒考えて、「すみません、わかりません」と言う。その瞬間に、もう終わったと思う。そこから先の面接の記憶が、あまりない。
私はその面接をしている側にいます。エンジニアのポジションで、技術面接の枠を持って評価しています。
その立場から書くと、「わかりません」と言われた時点で終わり、とは思っていません。むしろ、そのあとに何が起きるかのほうを見ています。
ただし「だから答えられなくても平気です」という話でもありません。同じ「知らない」でも、扱いが大きく変わるケースが一つあります。
以下はすべて、私が担当している範囲での話です。
目次
技術面接は、評価している場です
最初に、はっきりさせておきます。
私たちの選考では技術面接の時間を別に設けていて、その枠で技術を評価しています。ここは評価の場です。
同じ「面談」でも、カジュアル面談のほうではスキルを見ていません(その話はカジュアル面談で、採用側が実際に判断していることに書きました)。両者は別のものとして運用しています。技術面接に呼ばれたなら、そこは見られる場だと思って行ったほうがいいです。
聞き方としては、課題を出して回答してもらい、「なぜそのようにしたのか」を質問するという形を取っています。加えて、ソフトウェアエンジニアリングの基礎知識があるかは基本的に見ていますし、その課題やテックスタックについて深く聞くこともあります。
「わかりません」で、終わりではない
本題です。
知らないことがあるのは分かっているので、そこで著しく評価が下がるということは、ものにもよりますが、無い気がしています。
私が見ているのは、その先です。わからないならわからないなりに、次のアクションや解決策を示せるかどうか。どう調べるか、何から手をつけるか、どこまでは分かっていてどこから分からないのか。そういう話ができると、こちらは判断ができます。
というのも、ここは**「この人と一緒に仕事をしたらどうなるか」がよく出る場面**だと思っているからです。分からないものに当たったときにどう動く人なのか。知識の量というより、行動特性として見ているのかもしれません。
仕事では、誰も答えを知らない問題のほうが多いです。その意味で、答えられない質問が来た場面は、実務にいちばん近い瞬間とも言えます。
知っているように答えられた場合は、別です
ここだけは扱いが変わります。
知らないことを知っているように答えられた場合、それで貫き通せるのであればいいのかもしれませんが、化けの皮が剥がれたら一発アウトだと思っています。
技術面接では「なぜそうしたのか」を掘っていきます。知らないまま答えた内容は、そこで合わなくなります。
この感覚は、Googleで人事を統括していたLaszlo Bock氏が2014年のNew York Timesのインタビューで語った「知的謙虚さ(intellectual humility)」——謙虚さがなければ学べない——という話に通じるところがある気がしています(2026-09-14参照)。
そう考えると、知らないと言えること自体は、マイナスではないということになります。
正解率では見ていない
技術的な質問への回答が、判断の中でどう置かれているか。
すべてに確実に正解しなくても、私の場合はいいと思っています。 知らないこともあると思うので。
そのうえで見たいのは、次のようなところです。
- 芯を食った回答ができるか
- 正解までのマイルストーンを明確に出せるか。道筋だけでも示せるか
たとえばコードを書いてもらう場面でも、シンタックスをすべてスラスラ書けなくても、伝わればいいと思っています。ただしこれはポジションによります。求めている役割によって、ここの見方は変わります。
それで、どう振る舞えばいいか
三つに絞ります。
- 「わかりません」で止めない。 そのあとに、どう調べるか・何から手をつけるか・どこまでは分かっているかを続ける。見られているのはそちらです。
- 知らないことを、知っているように話さない。 「なぜそうしたのか」を掘っていくので、そこで合わなくなります。私はここだけは一発アウトだと思っています。
- 正解そのものより、道筋を言葉にする。 完璧な解答より、そこへ向かう筋道のほうが伝わります。
繰り返しになりますが、これは私が担当している範囲での話です。技術面接をどう設計しているかは会社によって違いますし、同じ会社でも募集している役割によって、見るところは変わります。